9月

9月の声を聞くと、今年もいよいよ後半戦に入ったと身が少しだけ引き締まる。

今年の夏は、というより今年の夏もと言った方が正しいが、旅行なし、行楽地なしであっという間に終わってしまった。お盆も息子のサッカーの練習が休みなく続いたので、郷里に帰ることも出来なかったし・・・・というのはいつもの虚しい言い訳か。息子に夫と2人で「一日だけ練習を休んでどこかへ行こうよ」と何度か誘ってみたが、「僕は練習、休まないよ。2人でどこかへ行っておいでよ」と寂しい返答が帰ってくるだけ。彼の意志は案外強い。娘も帰省しなかったし、子供たちがジワジワ巣立ち始めていることを感じるこの頃だ。そこで息子の言葉に甘えて?夫と2人で出かけたのは美術館。帰りに大型ショッピングセンターに立ち寄る、という地味な内容だったが。

それでもちょこちょこと楽しいこともあった。お料理上手な友人の家でご馳走になったり、サッカー仲間とバーベキューをしたり、はたまたブログ友人とお食事をしたり。サッカーJ2の試合も見に行ったし、飲み会にも出席。こうして書き出してみると楽しい夏だったことが伺える。

例年、秋から年末に向かって時間は更にスピードアップして、怒涛のごとく流れていく。もう少し、瞬間瞬間を捉えながら、味わって過ごしたいものだ。古いカナダの友人と再会する予定もあるし、猛暑のために中断していた片付けも再開したい(あ、また地味な楽しみだ!)
by bake-cat | 2011-09-09 14:42 | ひとりごと

崩れる山

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日曜日の午後、紅葉を見ようと車を走らせたが、最初に出会ったのがこのススキである。秋になると、いたる所にこのススキが見られるが、日本の秋らしいほのぼのした光景であった。県境を越えたこの山間部は合併により「市」になったが、まるで桃太郎の郷のように穏やかで、どこか浮世離れした雰囲気が漂っている。
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さらに進んで向かったのが、西の富士山と言われる大山である。紅葉にはまだ早い。でも少しずつ色づきながら秋色に染まりつつあるのが分かる。所々に夏の空を残しながら、でも確実に秋が忍び寄っている。途中、バイクの一群に出会った。全国から集まったであろうバイク仲間が連なって走っている。若者だけではない。団塊の世代くらいの集団もいる。男の夢、というものなのだろうか。
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ブナの木のトンネルを通り抜ける。まだ紅葉の兆しはないが、木漏れ日が気持ちよい。

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大山の東側は山肌が崩れつつあるのがよく見える。
「崩れる山は崩れるしかない。それを砂防ダムを作ったり、無理やり岩を持ち上げたり小賢しいことをするのは全くナンセンスだ。美しいものは不安定で崩れやすいのが常だ」という夫のいつもの自論を聞く。物質のプログラムを考える習慣を常日頃から目の当りにしながら、私には知識がない。結局、美しいか美しくないか、感動したか、しなかったか、という所に納まってしまうのである。それにしてもこの日は観光客も多かった。途中、イワナ料理を食べさせる店があった。知人が美味しいと教えてくれた店だが、まだ一度も行ったことがない。紅葉を眺めながら、イワナの塩焼きと日本酒・・・・・ちょっと妄想の世界に入ってしまった。

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大山を背にして日本海に降りてくると、コスモス畑を発見。庭で丹精込めて育てる花も良いが、こういう雑草のような自然体の植物が好きである。調べてみると意外にも原産地はメキシコであった。それがヨーロッパに伝わり、日本には明治時代にイタリア人によって持ち込まれたらしい。どこでも目にするコスモスだが、案外長旅を経て伝わってきたのである。


f0166114_8102731.jpg(おまけ)
家に帰ると知人が丹波の枝豆を届けてくれていた。食通のこの知人は、もしかして枝豆のためだけに丹波へ出向いたのでないか、と話している。歯応えのある大変美味しい枝豆であった。これがあの有名な黒豆になるそうである。秋を探す1日はこの枝豆で完了した。
by bake-cat | 2008-10-22 23:00 | 一休み

流れていく時間

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数日前のことだが、雲が帯状に広がって面白い形状を作っていたことがある。すぐに写真を撮ったが、偶然にも娘も同じような写真を撮っていた。いつも思うのだが子供のほうがずっと魅力的な写真を撮る。
それにしても過ごしやすい秋晴れの日が続く。一年を通して一番過ごしやすく美しい時期である、と自分に言い聞かせている。まだ暖房を入れたり、コートを着て歩くには間がある。この時期を楽しまなくてはと思いつつ、あっという間に過ぎてしまうのもこの時期である。11月下旬に仲間と演奏するコンサートがあり、その準備やリハーサルが始まっている。また子供の学校の発表会や参観日、給食試食会があるのもこの時期である。夫は相変わらず千客万来で、また自身も出張が多い。気が付くと紅葉が終わってしまった、ということがないように、時間を見つけては美しく色づき始める木々を眺めたり、今年こそ山歩きをしなくては、と夫と話したりしている。何か特別なことをしているわけではないのに、時間が手のひらからこぼれ落ちるように流れ出していくのを止められない。子供の頃は時間が経つのがあんなにゆっくりだったのに、と未練がましく思うこともある。未読の本が溜まり、あれこれ雑用の心配をしながら、遠くにいる友達の顔を思い浮かべたりしている。

高3の娘はある意味、教育熱心ではない両親に育てられ、その付けを払うかのごとく夜遅くまで勉強をしている。娘の通う高校では、ガチガチに凝り固まった頭の教師にガチガチの発想を叩き付けられる局面があり、息苦しくなると、アバウトで原始的な夫と私に助けを求めてくるのである。「だいたい受験問題は答えが決まっているではないか。そういうことばかりを、ガチガチに型にはめて小さいときから塾に通ってまで鍛え上げるのは良くない。本当の学問は答えが決まってないことをやるものだ。答えの決まったことだけをやるような人間になるな」と相変わらず夫は繰り返す。それは事実かもしれないが、受験まであと数ヶ月しかない娘に原始原則論を繰り返すのは酷ではないか、と心配することもある。しかし娘も随分と成長したものだ。興味深そうに父親の話を聞いている。数年前の彼女だったら反抗的な態度を剥きだしにしてむくれていただろう。今では聞く耳を持ち合わせている。厳しい現実の受験システムと若干浮世の世界に漂う親とのギャップの中で、バランスをとりながら、案外それが生き抜きになったりしているようである。自分自身で硬くなりそうな思考の関節を揉みほぐそうとしているようにも見える。

彼女はあれこれ悩んだ末に建築科を受けることにしたらしいが、「本当に建築をやりたいのか自分でも分からない」と呟いている。「今、決めつける必要はない。17歳で自分のことが分かるはずもないし、人生も決まらないんだよ」と私達は何度も繰り返す。本当に若いのだ。彼女が私達の年になる頃、世の中がどのようになっているのかは想像も出来ない。既成の概念に囚われすぎることなく、自分の頭で考えて生きていって欲しい、と私達はどこかで願っているようだ。

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よく通る道端にこんもりとコスモスが・・・・やっと写真に収められました。
by bake-cat | 2008-10-15 21:27 | 迷い

一期一会

朝晩はかなり涼しくなってきたが、日中は湿度も気温もけっこう上がるので、まだ半袖で過ごしている。楽器を置いてある部屋は未だにクーラーや除湿機が手放せない。そう言いつつも、周りを見渡すとだんだん秋色に染まっていくのが感じられる。紅葉の季節にはまだ1ヶ月以上あるが、職業柄、毎年秋は何かと忙しく、季節の大きな移り変わりを堪能することなく過ぎていくことが多い。今年こそ、この秋は家族で近場で登山しようと考えているのだが、実現するのだろうか。

夫は今、アメリカに出張している。明日は火山に登るらしい。
子ども達が幼い時は、夫が長期にわたって不在の時などは、全てを自分一人で背負うことになり、大変だった記憶がある。保育園が休みの日は仕事も出来ず、あれこれ日程調整をしてジタバタしたものである。ところが子供たちはどんどん成長し、今では頼もしい存在になりつつある。育てているつもりが、ふと自分が彼らに頼っていることに気付くことがあり、はっと我に帰る。身体の成長だけでなく、人間として人格を形成していく過程は厳しい道のりであるが、それでも感動を覚えずにはいられない。どんどん成長して、そのうち追い越されていくのだろう。とは言え、息子は毎日のように「パパがいなくて寂しいね」と呟いているが・・・・

来週は小学校の音楽集会に招待されているので、共演者のサクソフォーン奏者、R君とリハーサルをした。たった30分の短いコンサートであるが、なんとか子ども達にお腹一杯、音楽を楽しんでもらいたい。時間いっぱいに盛り沢山のプログラムを考えている。サクソフォーンの仲間達とは毎年、定期演奏会をしているが、それ以外にも保育園や病院でも時折、出前コンサートをしている。保育園のコンサートでは童謡やディズニーは欠かせない。それでもその中にクラシックの名曲を盛り込み、骨のある構成にしようと心掛けている。今回は小学生なので、更にしっかりしたプログラムが組めそうで楽しみである。子供にはいわゆる子供向けの曲を、という考えが嫌いである。小学校は年齢が6歳から12歳と幅があり、深く音楽に興味がある子から、全く関心のない子まで様々であろう。中にはコンサートに足を運んだことのない子供たちもいるかもしれない。だからこそこの一期一会を大切にしたいものである。
by bake-cat | 2008-09-24 23:45 | Music