よろしく!

f0166114_19165663.jpg新しい家族を紹介します。期間限定ではありますが、我が家の一員となりました。9月で1歳になった男の子で、名前は「がんも」と言います。

最初の飼い主は娘の友人。ところがこの友人に猫アレルギーが発症。その後、娘が預かったのだが、居候のはずがそのまま娘の同居人になり、この度お正月まで我が家で預かることになりました。「お正月までよろしく」と言い残して娘は東京に帰ったけれど、本当に引き取りに来るかは極めて怪しいと睨んでいる。

以前飼っていた黒猫はプライドが高く、野良猫だったこともあり警戒心が強かったが、この子は本当に人懐っこい。

実は私も猫アレルギーがあるので本当は飼ってはいけないのだけれど・・・・がんもが楽しい風を我が家に運んでくれ、緊張をほぐしてくれています。これも不思議な縁です。
by bake-cat | 2011-10-24 19:37 | 近況

パリジェンヌ

私の自宅は小高い丘を削った住宅地にある。ここに越してきた当時は家が少なく、2階の窓から遥か遠くに海が見えたものだが、今では家が増え、窓から見えるのは隣の家の壁だけになってしまった。自宅に通じる坂のふもとの家では、どうやら数匹の猫が飼われているらしい。天気の良い日に気持ち良さそうに日向ぼっこをしている姿を見かける。

遠い過去のことになってしまったが、夫と一緒にパリに住んでいたことがある。遠い過去といっても様々なことが鮮明に記憶に残っており、窓を開けたときの空気の匂いまで昨日のことのように思い返すことができる。まだ娘が生まれる前のことで、私は有り余るほどの時間を自分のために使うことが出来た。思えばなんとも贅沢な時期でもあった。当時、私達が住んでいた家の近くには大きな公園があって、そこには黒猫の一族が住んでいた。公園を訪れる人達からチーズやパンをもらい、言わば「認知された住人」のような存在。そしてその一族の中でも飛び切り美しい若い黒猫がいたが、この子が一番人懐っこく、公園の入り口でいつも愛嬌を振りまいていた。

ある日、「お泊り会」と称してこの猫を自宅に連れて帰った。私は自由気ままな生活ながら、異文化の中で寂しかったのだ。フカフカした椅子の上で「トグロ」を巻いて眠る猫の背中を撫でては、随分と癒されたものである。大家さんはトムという名の犬を飼っていたが、トムとこの猫が唯一の友達であったのかもしれない。しかしながら、猫を飼ったことのない私は飼う決心がなかなかつかず、数日すると公園に連れて帰った。そんなこと数回繰り返したある日、公園に10歳くらいの女の子とお父さんらしき男性が来ていた。女の子の側には動物用の籠が置かれ、その猫を指差しながら盛んに何かを話している。その子が猫を連れて帰ろうとしているのは明白だった。ぐずぐずしているうちにチャンスを逃してしまった、あの猫は女の子の家で飼われるのだ、と長いツヤツヤした尻尾を見ながら後悔した。もう会えなくなる・・・そう思うとたまらなく寂しくなった。その子はかなり長い時間迷っている様子で、お父さんが何かを話しているが私に内容は分からない。遠くから女の子とお父さんのやりとりを眺めていたが、私は半ば諦めていた。しかし、女の子はその日、猫を拾うことなく空のケージを提げて帰ってしまったのだ。日を改めようとしたのかもしれない。その子がいなくなると、直ぐに猫を抱き上げたのは言うまでもない。責任をもって大事に飼おう、と決心はついていた。「お泊り会」でその猫を連れて帰るのは慣れていたが、その日に限って太った黒猫が後をついて来た。一定の距離を保ちながら、心配そうな表情で自宅の近くまでついて来た姿が今でも眼に浮かぶ。ふと、この太った猫は母親なのではないか、とその時思った。「心配しないで」と心の中で呟くと、そっときびすを返して公園の方へ戻っていった。今、思い出しても不思議な体験であった。

その猫はクロと名付けられ、その後私達が帰国した時も一緒に飛行機に乗って日本までやって来た。そして日本の片隅の小さな町で、なんと18歳まで生きたのである。私のあぶなかしい育児を心配そうに眺め、日常のゴタゴタに耐え、色々な分岐点を一緒に通った仲間のような存在だった。美しい猫だったが、野良育ちの逞しさと自立心は失わず、一定の距離を保ちながらも家族の一員として生活を共にした。

クロは日本の風土や食べ物にはすぐに慣れたように見えたが、チーズは最後まで好物だった。
故郷の公園や母親のことを思い出すことはあったのだろうか。
by bake-cat | 2008-11-15 00:00 | 一休み