指揮者が舞う

金曜日の夕方、4時10分に息子の学校の前に車をつけ、ランドセル姿の彼を乗せて一路松江市へ。今日は2人で「オーケストラ・アンサンブル金沢」を聴きに行く日である。夫は出張だし、受験生の娘は完全に別行動。で、この息子をあちこちに連れ出すことにしている。母親にホイホイと喜んでついて行くのはあと2年くらいだろう、と推測している。この息子は山猿のように毎日外で遊びまわっているくせに、案外文化的なことに興味がある。音楽も聴くし、歴史も好き。連れて歩くには、ちょうど良い相棒である。

今日のプログラムは
  ベートーヴェン 交響曲第8番
  チャイコフスキー 弦楽セレナーデ
  プロコフィエフ ピーターと狼

指揮者の井上道義。国際的に活躍しているマエストロだが、都会的なスマートさと得体の知れぬ奇抜さを持ち合わせている。半年ほど前に大阪フィルで同じベートーヴェンの8番を聞いたが、こういう小編成の室内楽的な交響曲も面白い。「オーケストラ・アンサンブル金沢」は日本で初めてのプロの室内オーケストラだが、この「室内楽的」な部分がアンサンブルをするという音楽の本質を捉えている点で緊張感もあり、聞き応えもある。この第8交響曲は、やや影の薄い存在であるという認識と、いや玄人好みの名作であるという意見に分かれるところだが、井上の指揮で、やや穏やかで軽快な曲想の裏にあるしつこい高揚感のようなものを表現していたと思う。そしてチャイコフスキーの弦楽セレナーデ。昔から好きな曲だが、ロシアの民族的なモチーフと、モーツァルトに対する敬意に表れる古典的な形式との美しい融合が見られる。誰でも分け隔てなく包み込むおおらかさと高揚感。この曲を聴くと、自分が弦楽器を演奏できないことが悔やまれるのである。ピアノの世界では表現できない、弦楽器独特の歌の世界がそこにある。
そして今日の極めつけは、ピーターと狼であった。これを聞くことで、聴衆の大部分はベートーヴェンも弦楽セレナーデも忘れたのではなかろうか。プログラムには指揮者がナレーションをする、と書かれてある。指揮の合間でマイクを持ってしゃべるかと思いきや、指揮をしながら同時にしゃべる。途中で指揮を放り投げて、舞台上を走る、踊る、飛び上がる、転がる、座る・・・・と井上の独壇場であった。自ら演出した芝居で盛り上げ、会場を笑いの嵐にしたのである。杖やロープの小道具も使い、ダジャレのオンパレード。舞台で赤塚不二夫の真似をするマエストロはそういない。そしてなんと、曲の最後で本物のアヒルが登場したのである。もしかしてこれは井上の十八番で、全国をアヒルと一緒に公演しているのであろうか。気のせいか楽団員が半ば呆れ顔で演奏していたし。それにしてもしゃべりの上手いこと上手いこと。昨今、クラシックを肩肘張らずに楽しんでもらおうという姿勢から、必要以上にフレンドリーなやや芝居がかったパフォーマンスをする指揮者がいるが、彼にはその胡散臭さがない。芸術家であり、同時に根っからの芸人であるのかもしれない。本当に引き出しの多い達人である。

公演後、息子はサイン会に並んだが、アロハシャツのような格好で現れた。息子を見て、「おお、少年よ。将来を背負って立つ」と一言。サイン付きのモーツァルトのCDは息子の宝物になったかもしれない。今日は嬉しそうにCDを聞いていた。
そして・・・・ コンサートの次は松江の武者行列を見に行きたいと言っている。
by bake-cat | 2008-10-18 22:52 | Music