流れていく時間

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数日前のことだが、雲が帯状に広がって面白い形状を作っていたことがある。すぐに写真を撮ったが、偶然にも娘も同じような写真を撮っていた。いつも思うのだが子供のほうがずっと魅力的な写真を撮る。
それにしても過ごしやすい秋晴れの日が続く。一年を通して一番過ごしやすく美しい時期である、と自分に言い聞かせている。まだ暖房を入れたり、コートを着て歩くには間がある。この時期を楽しまなくてはと思いつつ、あっという間に過ぎてしまうのもこの時期である。11月下旬に仲間と演奏するコンサートがあり、その準備やリハーサルが始まっている。また子供の学校の発表会や参観日、給食試食会があるのもこの時期である。夫は相変わらず千客万来で、また自身も出張が多い。気が付くと紅葉が終わってしまった、ということがないように、時間を見つけては美しく色づき始める木々を眺めたり、今年こそ山歩きをしなくては、と夫と話したりしている。何か特別なことをしているわけではないのに、時間が手のひらからこぼれ落ちるように流れ出していくのを止められない。子供の頃は時間が経つのがあんなにゆっくりだったのに、と未練がましく思うこともある。未読の本が溜まり、あれこれ雑用の心配をしながら、遠くにいる友達の顔を思い浮かべたりしている。

高3の娘はある意味、教育熱心ではない両親に育てられ、その付けを払うかのごとく夜遅くまで勉強をしている。娘の通う高校では、ガチガチに凝り固まった頭の教師にガチガチの発想を叩き付けられる局面があり、息苦しくなると、アバウトで原始的な夫と私に助けを求めてくるのである。「だいたい受験問題は答えが決まっているではないか。そういうことばかりを、ガチガチに型にはめて小さいときから塾に通ってまで鍛え上げるのは良くない。本当の学問は答えが決まってないことをやるものだ。答えの決まったことだけをやるような人間になるな」と相変わらず夫は繰り返す。それは事実かもしれないが、受験まであと数ヶ月しかない娘に原始原則論を繰り返すのは酷ではないか、と心配することもある。しかし娘も随分と成長したものだ。興味深そうに父親の話を聞いている。数年前の彼女だったら反抗的な態度を剥きだしにしてむくれていただろう。今では聞く耳を持ち合わせている。厳しい現実の受験システムと若干浮世の世界に漂う親とのギャップの中で、バランスをとりながら、案外それが生き抜きになったりしているようである。自分自身で硬くなりそうな思考の関節を揉みほぐそうとしているようにも見える。

彼女はあれこれ悩んだ末に建築科を受けることにしたらしいが、「本当に建築をやりたいのか自分でも分からない」と呟いている。「今、決めつける必要はない。17歳で自分のことが分かるはずもないし、人生も決まらないんだよ」と私達は何度も繰り返す。本当に若いのだ。彼女が私達の年になる頃、世の中がどのようになっているのかは想像も出来ない。既成の概念に囚われすぎることなく、自分の頭で考えて生きていって欲しい、と私達はどこかで願っているようだ。

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よく通る道端にこんもりとコスモスが・・・・やっと写真に収められました。
by bake-cat | 2008-10-15 21:27 | 迷い